不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

森を見すぎると木が見えない?

棋力向上という至上命題を下ろし、じゃあこれからどうやって将棋に取り組み、このブログを運営していくかを書こう思っていたら、ちょうどタイムリーに、前回の記事にコメントをいただきました。

まずは全文引用します。

おさけ 2019年4月5日 04:25

昔から将棋ブログを読んでおりますが、共通問題として、上達しない問題があります。それでモチベが低下し、更新しなくなります。しかし、私が思うに、上達していないのではなく、上達を自分で実感出来ていないだけという気がします。24や81のR点やウォーズの達成率は上達が感じられる一要素ですが、その数字が全てを適切に表しているかといえばそうとは言えないと思います。将棋は実力差がない同じ棋力同士でも大半は引き分けではなく勝敗がつきます。両者に差は無いのにR点や達成率は大きく変動します。勝敗という最終的な結果だけで判定されるからです。

将棋は結論として先手か後手が必勝、あるいは千日手や持将棋による引き分けになるのはご存知の通りです。そして序盤で小さな損をしたとすれば、損をした側が理論上はほとんど負けです。つまり最初に損をした側はその時点で自力勝利はなく、他力勝利の道になります。そういう意味で、最終的に負けはしたが、最初に有利を築いた、というのは本来評価に値すると思いますが、R点や達成率システムでは一切評価されません。

R点や達成率にやる気やモチベを支配されないようにするには、自分の中に評価基準を持つことだと思います。私の場合は先に書いた、最初に有利になったか否か、を大きく評価するようにしています。最初に少しでも有利になっていた場合は、どこかに勝ちの目があったということです。ゆえに私の中では「負けはしたが実質的には勝ったも同然」という強引な解釈をしています。

もしブログを継続なさるのでしたら、R点や達成率だけでなく、ぜひ、定性性や定量性がある別の目標や基準に沿ったご自身の上達評価もしてみて欲しいなと思っています。そういう意味でも、最初に有利になったか?は有意義だと思っています。

とりあえず、本当に成果ゼロだったのか?上達しなかったのか?今一度、評価してみてはいかがでしょうか?R点や達成率に現れにくい形で効果あった可能性は残されていると思います。

おさけさんにはいつも示唆に富むコメントをいただいており、本当にありがたいです。

今までも、感覚的に「手応え」みたいなものを感じることが無かったわけではないのです。いやむしろ、そういった手応えを感じる機会は結構多かったかもしれません。

ただ、それらが目に見える結果に結びつくことが無かった。

上達は結果に結びついてこそ意味がある、という考えを持ってます。それも、主観の余地の入らない客観的なもので。

「手応え」や「感触」みたいな感覚的なもので上達は計れないし、計ってはいけないと思ってました。そういった、根拠の無い感覚などアテにならない、客観的な結果として表れなければならないと。そして客観的結果として一番解りやすいのが、ネット将棋のレーティングということになってしまうんですね。

このブログのコンセプト上、客観的に結果を評価できるものが必要だったという側面もあるかもしれません。

「手応え」はあるのに、「結果」に結びつかない。じゃあこの「手応え」は気のせいか。この手応えを得るのにかけた時間と労力はただの無駄か。…そんな思考に陥ってしまい、モチベーションが急降下しました。時期的に、身内の不幸と仕事のトラブルが続き、メンタル的に弱っていたのも拍車をかけたと思います。

そして上達を命題とするのをやめました。

皮肉なことではありますが、ある種上達への執着を手放してみて、初めてそういった定性的・感覚的なものに意味を感じられるようになってきました。

たとえ負けても「あー、一応身についてはいるなぁ」みたいな。

本来、小さな進歩をきちんと評価してプラスに捕らえていくことが、将棋に限らず、何かを学び身につけるためには必要なことだと、私は学んでいたはずなんですけどね…。勝敗のみで評価されるレーティングだけ見てると、そういった小さな進歩はどうしても過小評価しがちになりますね。

小さな進歩を認めず、ひたすら結果のみを求める。

人に何かを教えるときに、これやるとやる気無くすよと一般的に言われてることを、自分自身にやっていた気がします。

結果を追うと疲れるので、もう結果にこだわらずやりたいことだけやっていこうと開き直って、ようやくモチベーションが回復してきた次第です。

やったことが身についていると感じられればいい。結果に至らなくても。そんな感じでゆるく取り組んでいこうかと思います。

そして今後のブログの運営ですが、このブログのもう一つのコンセプトに、「上達への悪戦苦闘を包み隠さず明かす」というものがあります。

こうした挫折やその後の方針転換も含め、悪戦苦闘の一環でしょうし、同じように結果が出ずに苦しんでいる大人達に共感してもらえる部分もあるかなと信じ、とりあえずブログは続けようと思っています。

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森を見すぎると木が見えない?」への1件のフィードバック

  1. おさけ 2019年4月9日 19:07

    返信ありがとうございます。yamakazさんが何に悩んでいたかがとてもよく分かりました。

    客観的評価手法の必要性の件については、手法側が充実していないという問題が大きいと思います。R点や達成率以外に何も無いんですよね。だから、詰将棋の回答時間を測定してみたり、問題集を繰り返し解いて正解率の向上度を計算してみたり、道場へ棋力認定をしに行ったりする人が少なくないのだと思います。みんな、自分が成長しているのかどうか、知りたいのでしょうね。そして本当に欲しているものは自信ではないかと思います。

    私の場合ですが、勝敗に一番拘るのはリアル大会の対局です。それが本番であって、ネット対局はそのための修行の場という位置付けに感じます。それゆえ、R点や達成率よりも、内容や小さな上達を重要視しているような気がします。リアル大会の対局>リアル道場での練習対局>ネット対局、という感じです。yamakazさんも、可能であればネット対局以外に本番の場を求めてみてはいかがでしょうか?上達したい気持ちの行き先も確保出来ますし、日々のネット対局をもっと楽にやれるようになるかもしれません。毎日ネットで本番対局をするのって、疲れ果てて精神がもたないと思います。

    上達を至上命題としないということですが、今は低下している期間でしょうからそれでやっていけると思いますが、いずれ必ず、上達への欲求を抑え切れなくなると思います。過去に、上達を実感した時の喜びを味わっているのですからね。

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