不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

月別アーカイブ: 4月 2019

娘達は未知の生き物

連休最後の5月6日に第1回イオンモール札幌平岡 小学生将棋王将戦なる大会が開催されるらしいです。

LPSAが主催に名を連ねているからなのか、女子小学生の部、女子中学生の部という珍しいレギュレーションが設定されています(参加者集まるのか?)。

娘達に教えてみると、出たいというので申し込んではいるのですが…

娘達ときたら大会に備えて少し将棋に力入れようかとか、そういうのが全く無いんですよね。相変わらず週に一度の教室通いだけで、それ以外の将棋活動は何もしてない。親としてはもう娘達の将棋は基本放置すると決めたので別にいいんですけど、こいつらいったい何がしたいんだろうと思うことはありますね…。

大会の情報があれば、出たがるくらいの意欲はある。そのために強くなろうと思えばそれなりに環境は整っている。でも何もしない。大会で負けても別に悔しがるでもない。

私には彼女たちが何を考えているのかサッパリ理解できませぬ…

余談ですが私の方はと言うと、札幌地区の1~3月は結構大会が集中する時期なのですが、仕事が忙しすぎてそもそも出ようなんて気にもなれない状態でしたね。最近はようやく落ち着いてきたので適切なレギュレーションの大会があればエントリしたいとは思っているのですが。

広告

森を見すぎると木が見えない?

棋力向上という至上命題を下ろし、じゃあこれからどうやって将棋に取り組み、このブログを運営していくかを書こう思っていたら、ちょうどタイムリーに、前回の記事にコメントをいただきました。

まずは全文引用します。

おさけ 2019年4月5日 04:25

昔から将棋ブログを読んでおりますが、共通問題として、上達しない問題があります。それでモチベが低下し、更新しなくなります。しかし、私が思うに、上達していないのではなく、上達を自分で実感出来ていないだけという気がします。24や81のR点やウォーズの達成率は上達が感じられる一要素ですが、その数字が全てを適切に表しているかといえばそうとは言えないと思います。将棋は実力差がない同じ棋力同士でも大半は引き分けではなく勝敗がつきます。両者に差は無いのにR点や達成率は大きく変動します。勝敗という最終的な結果だけで判定されるからです。

将棋は結論として先手か後手が必勝、あるいは千日手や持将棋による引き分けになるのはご存知の通りです。そして序盤で小さな損をしたとすれば、損をした側が理論上はほとんど負けです。つまり最初に損をした側はその時点で自力勝利はなく、他力勝利の道になります。そういう意味で、最終的に負けはしたが、最初に有利を築いた、というのは本来評価に値すると思いますが、R点や達成率システムでは一切評価されません。

R点や達成率にやる気やモチベを支配されないようにするには、自分の中に評価基準を持つことだと思います。私の場合は先に書いた、最初に有利になったか否か、を大きく評価するようにしています。最初に少しでも有利になっていた場合は、どこかに勝ちの目があったということです。ゆえに私の中では「負けはしたが実質的には勝ったも同然」という強引な解釈をしています。

もしブログを継続なさるのでしたら、R点や達成率だけでなく、ぜひ、定性性や定量性がある別の目標や基準に沿ったご自身の上達評価もしてみて欲しいなと思っています。そういう意味でも、最初に有利になったか?は有意義だと思っています。

とりあえず、本当に成果ゼロだったのか?上達しなかったのか?今一度、評価してみてはいかがでしょうか?R点や達成率に現れにくい形で効果あった可能性は残されていると思います。

おさけさんにはいつも示唆に富むコメントをいただいており、本当にありがたいです。

今までも、感覚的に「手応え」みたいなものを感じることが無かったわけではないのです。いやむしろ、そういった手応えを感じる機会は結構多かったかもしれません。

ただ、それらが目に見える結果に結びつくことが無かった。

上達は結果に結びついてこそ意味がある、という考えを持ってます。それも、主観の余地の入らない客観的なもので。

「手応え」や「感触」みたいな感覚的なもので上達は計れないし、計ってはいけないと思ってました。そういった、根拠の無い感覚などアテにならない、客観的な結果として表れなければならないと。そして客観的結果として一番解りやすいのが、ネット将棋のレーティングということになってしまうんですね。

このブログのコンセプト上、客観的に結果を評価できるものが必要だったという側面もあるかもしれません。

「手応え」はあるのに、「結果」に結びつかない。じゃあこの「手応え」は気のせいか。この手応えを得るのにかけた時間と労力はただの無駄か。…そんな思考に陥ってしまい、モチベーションが急降下しました。時期的に、身内の不幸と仕事のトラブルが続き、メンタル的に弱っていたのも拍車をかけたと思います。

そして上達を命題とするのをやめました。

皮肉なことではありますが、ある種上達への執着を手放してみて、初めてそういった定性的・感覚的なものに意味を感じられるようになってきました。

たとえ負けても「あー、一応身についてはいるなぁ」みたいな。

本来、小さな進歩をきちんと評価してプラスに捕らえていくことが、将棋に限らず、何かを学び身につけるためには必要なことだと、私は学んでいたはずなんですけどね…。勝敗のみで評価されるレーティングだけ見てると、そういった小さな進歩はどうしても過小評価しがちになりますね。

小さな進歩を認めず、ひたすら結果のみを求める。

人に何かを教えるときに、これやるとやる気無くすよと一般的に言われてることを、自分自身にやっていた気がします。

結果を追うと疲れるので、もう結果にこだわらずやりたいことだけやっていこうと開き直って、ようやくモチベーションが回復してきた次第です。

やったことが身についていると感じられればいい。結果に至らなくても。そんな感じでゆるく取り組んでいこうかと思います。

そして今後のブログの運営ですが、このブログのもう一つのコンセプトに、「上達への悪戦苦闘を包み隠さず明かす」というものがあります。

こうした挫折やその後の方針転換も含め、悪戦苦闘の一環でしょうし、同じように結果が出ずに苦しんでいる大人達に共感してもらえる部分もあるかなと信じ、とりあえずブログは続けようと思っています。