不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

真剣さが足りない

長女はピアノを習っているのですが、このところ練習に全く真剣さが見られないのがずっと気になってました。

レッスン曲が明らかにうまく弾けてないのに、適当に数度演奏しただけで「練習終わりー」ですからね。躓いたところの反復練習もなければ、克服できてないことへの危機感もない。長女は同じ教室でも他の子よりも明らかに上達が遅れており(このあたりは妻からの伝聞ですが)、本人もそれはわかっているはずなのに。

実は私も小中学校の9年間ピアノを習っていましたので(今では楽譜が読めるくらいでほとんど弾けなくなりましたが…)、今の長女のレベルならば、その課題くらいは演奏を聴いているだけでだいたいわかります。

ピアノに限らず、最近の長女は何事にも真剣さが足りていないのは感じてました。

そしてそれは、将棋でも例外ではなく…

ここ数日の長女の将棋クエストの棋譜を見てると、その真剣味の欠如が明らかでした。ロクに考えずに指して大駒をタダ渡しする、ロクに考えずに無理攻めして失敗する。揚句、ちょっと攻めが失敗した途端に投了した棋譜を見つけた時はさすがに閉口しました。

間違えたり悪手を指したりするのを問題視しているわけじゃない。それらは初級レベルのうちは仕方のないこと。ただ、「ロクに考えずに」それらをやらかしているのが気に入らない。実際、長女は指してる時もタブレットを手に床をごろごろしながら指してたり、明らかに何も考えずにテキトーに指して間違えてる。ちょっと不利になったらすぐ投げるのもそう。真剣に指せば、もっと指せる力はあるはずなのに。

ピアノも同じです。誰でも最初からうまく弾けるわけじゃないから、下手なのも間違えるのも仕方ない。練習を繰り返してもなかなか上達できないことも確かにある。それ自体は何ら問題ではない。でも、それを克服しようとする意志も態度も全く見えないのはちょっと見過ごせない。長女は、明らかに苦手や課題から逃げているのがわかる。自分が弾けるところを気分良く弾いて、おしまい。そんなものは練習ではないし、上達するはずもない。

そんなわけで先日、その日もいい加減にピアノの練習を切り上げようとした長女にガッツリ説教しました。

下手なのは別にいい。でも真剣に取り組むつもりが無いなら、もうやめてしまえ。

将棋のことも絡めながら…そんなことを伝えました。

(主に妻が)かなりキツめに言ったので長女は泣き出してしまい、その場は話し合いもできませんでしたが、一度習い事についてどうするか、落ち着いている時にちゃんと話し合ったほうがいいかなと思ってます。

まあ、正直言うと私のピアノに関しては「習わされていた」面があって、真剣味はあまり無かったと言わざるを得ないので、長女に説教した言葉が自分自身にもグサグサ突き刺さって痛かったのですが…。

が、全く同じ期間で書道も習ってましたが、こちらは私なりに真剣に取り組んでいました。小中学校の部で到達できる最高レベルの段位まで行きましたからね、一応。なので真剣に取り組むことの必要性は理解している…つもりです。

将棋もそうですけど、技能系の趣味というのはある程度のレベルにならないと、なかなか楽しくならないのも事実。本人が楽しくないものを無理に続けさせるのは…と思う一方で、面白さがわかるレベルになるまでは歯を食いしばることも覚えてほしい…という思いも。

難しいところです。

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