不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

子供に教える難しさ

5/23 子供教室(雑色駅前将棋サロン)

上記の将棋サロンのブログは興味深く拝見しています。娘達に将棋を教えている身として、いつも示唆に富む記事を読ませていただいてます。

その中でも、上記の記事は特に興味深かった。子供に教えるとはどういうことか、子供が将棋を覚えるとはどういうことなのか、自分が娘達と接する上でとても参考になりました。

小学1年生や2年生に将棋を教えるときは苦労します。

何に苦労するかというと言葉です。

子供が知らない言葉を使っても子供には伝わりません。

使える言葉は子供たちが知っている言葉だけです。

確かに。小学二年生の長女でさえ言葉には苦労します。大人の入門者ならば普通に理解してくれるであろう言葉でも長女には通じない。形勢、手番、定跡、手筋、普通の将棋ファンならば初心者有段者問わず共通言語として通じるこういった言葉さえ、長女相手には意味が通らない。次女なら言わずもがな。

子供に物事を教えるのは、子供だからこその難しさがあるというのを、皮肉にも将棋を通じて実感している最中です。

「この手はいい手だったね」「ここはこうやると良かったよ」

基本的にはこの二つしかありません。

あとは何を言おうがどんな言葉を使おうが全く理解してくれません。

それが初心者の園児や小学生です。

確かに私が長女に教えるときも基本的にはこの二つの言葉だけです。それ以外は何を言っても長女は怪訝な顔をするだけです。

大人が相手なら、大人が理解できる言葉を使ってこちらの思うことを効率よく伝えられるのですが、子供相手にはそれができない。これはなかなか根気のいる作業です。

将棋教室の先生が毎度毎度何人もの小学生や園児を相手に根気よくこれを続けているのかと思うと、尊敬します。私は長女一人でも手いっぱいです…

私は上達して欲しいとは思っていますが必ず上達しなければならないとは思っていません。

強くなる子は指導者が何もしなくても強くなります。

そうなんですよね。

結局上達するかどうかは娘達がどこまで将棋に興味をかき立てられるかであり、彼女達自身の問題。私がそう仕向けようとしても無理なのです。せいぜい、彼女たちの目の前でことさら楽しそうに将棋をやってみせるくらいですかね(笑)。

私にできるのはある程度本をそろえてやったり、将棋教室へ連れて行くなど、彼女たちが「もっとうまくなりたい!」と思ったときのために環境を整えてやるだけで、結局、将棋を趣味として選ぶかどうかは彼女たちの問題。それ以上踏み込むのは親のエゴなんですよね。

幸い、今のところ長女には薄いながらもそういう意欲があるよです。ただ、私は所詮級位者なので私が教えるにしても早々に限界が来ます。私の役目はうまく長女のやる気を喚起しつつ、成長軌道に乗せてやるところまでかな、と思ってます。

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