不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

人間vsコンピュータの行方

巷ではまさに人間vsコンピュータの将棋対決「電王戦」が行われている真っ最中です。今の形の電王戦は今回で最後、次回以降は「電王戦タッグマッチ」としてリニューアルし、大型棋戦になるらしいですね。

正直、近年のコンピュータ将棋の進歩は著しく、人間代表であるプロ棋士の分がかなり悪くなってきているのはご存知の通り。

私は実はソフトウェアのプログラミングで飯を食っている人間なので、この対決は興味深く見守っています。チェス王者のガルリ・カスパロフがIBMのディープブルーに敗れ去った時の衝撃は、懐かしい思い出ですね。

いずれ、コンピュータ将棋は強さという点では完全にプロ棋士を超えるでしょう。これは避けられない必然の流れです。しかも、それほど遠くない未来にXデーは来るでしょう。私の予想では、あと10年はかからないんではないかと。

で、コンピュータが完全に人間を凌駕した時、プロ棋界はいったいどうなってしまうのかという議論も出始めてますね。

私に言わせれば何も心配することなどないと思うんですけどね。

人間がコンピュータに勝てなくなったとしても、プロ棋士の価値が損なわれることなどないと私は確信しています。

何故か?

それはプロ棋士の本来の価値とは「勝つこと」ではないからです。

そもそもプロ棋士って、奇妙な職業だと思いませんか? 将棋はゲームです。将棋がいくら強くなろうとも、社会の生産性には一切貢献しません。これは将棋に限った話ではなく、囲碁あるいは野球やサッカーなどのスポーツ選手でも同じです。このような「ゲームのプロ」という職業が存在するのは何故でしょう?

それは彼らが世間に娯楽を提供しているからにほかなりません。

私と同じ世代の人たちは、中学高校の倫理政経で「労働力の再生産」という概念を習っているはずです。日々の労働ですり減った勤労者の心身を癒し、労働力を回復させる役割を担う人達。社会的視点ではプロ棋士、プロ野球選手といった人たちはそういった職業カテゴリに属しています。娯楽を提供することこそが、彼らの使命です。

それに照らし合わせると、プロ棋士の本来の価値とは勝つことではない、といった先ほどの言葉が理解できると思います。

そう、プロ棋士の本来の価値とは「将棋を通してファンを楽しませること」に他なりません。

勝負事であるために勝って強さを示すことがファンを楽しませることに直結するケースが多いことと、勝つほどに収入が増える仕組みになっているため混同されがちですが、これらはきっちり区別しておかなくてはなりません。

この「ファンを楽しませること」がただ強いだけのコンピュータにできるはずがありません。そこに人間がいるから、ドラマになるのです。エンターテイメントになるのです。

振り飛車党の期待を一身に受けて、唯一の振り飛車党A級棋士として奮闘する久保九段。叩かれても叩かれてもひたすら棒銀にこだわり続ける頑固一徹、70歳を超えてもなおも現役で戦い続ける加藤九段。あるいは、史上最短記録の引退危機で踏みとどまることができるかどうかという魅せ方ができる棋士もいる。

こういうドラマが、ただ強いだけのコンピュータに生み出せるとは思えません。

強さだけがプロではないですし、強さだけではプロではない。強さしか持ち得ないコンピュータにプロ棋士の代わりは勤まりません。

だからコンピュータがどれほど強くなろうとも、プロ棋士の価値が損なわれることなど無いと私は確信しているのです。

ただ、逆にその視点から、昨今のプロ棋界には一抹の不安があるのも事実です。

あまりに勝利至上主義、効率重視になりすぎてやしませんかと。

勝つための最善を追求するあまり、本来は商売敵であるはずの他の棋士たちと「研究会」をしてみたり、過去のデータベースに頼った研究になってたり、勝つことだけを極限に追求した効率重視の将棋が横行しかかっているように思います。

それって、人間がコンピュータの真似事をしているように思えて、私は心配です。

もちろん、勝負事のプロである以上、勝敗にこだわるのは必然ですが、それにしても行き過ぎてやしないかと。

人間だから間違いもしますし、人間だからこそ効率を度外視したこだわりがあったっていいと思うんです。そこにこそ、ドラマがあるはずじゃないですか。もっともっと、個性を大事にしてほしい。そうでないと、人の皮をかぶったコンピュータみたいな棋士ばかりになってしまいそうで心配です。「プロ棋士」という職業が死んでしまいます。

もっとも、「勝つほど収入が増える仕組み」になっている限り、効率重視の流れを止めるのは難しそうですけども…

コンピュータが強くなることでプロ棋士の価値がなくなるのではなく、プロ棋士が勝つためにみなコンピュータの真似をし始めて、ドラマを生み出せなくなったプロ棋界がゆるやかに死んでゆく…

もしかすると人間vsコンピュータの行く末って、そんな風になっちゃうのかもしれませんね…。そんなことにならないよう祈るばかりです。

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人間vsコンピュータの行方」への3件のフィードバック

  1. tucker 2015年3月30日 16:14

    そうなんですね。私は、将棋もコンピューター、プログラミングにも
    疎いので、もうコンピューターの方が強いんじゃないかと思ってました。
    コンピューター側の弱点を棋士が探しているだけな気がしていました。

    棋士がソフト(コンピューター)に負けるのは、暗算の達人でも
    コンピューターに計算で勝てないみたいなもんで、当たり前な
    気がします。 棋士がソフトに負けてもどうとも思わないけど、
    本当に棋士のためになるのかは疑問です。

    いいね

  2. yamakaz 2015年3月30日 20:37

    既にコンピュータにかなり分がいいと思いますが、まだコンピューター必勝というほどではないですね。

    森下卓九段が大晦日の電王戦リベンジマッチで興味深い試みをしていました。

    人間はミスをする生き物だが、コンピューターは決してミスをすることが無い。であれば、人間側のミスを排除できるようなルールで戦えば、まだまだ人間の方が強いのではないかという仮定のもと、「持ち時間が切れたら1手10分以内」というルールでソフトと対戦しました。

    結果は対局が長くなりすぎて指しかけとなりましたが、内容的には森下九段の完勝と言っていい内容だったと聞いてます。

    これをどう評価するかは意見が分かれそうですが、向こう10年以内にはこのルールでもソフトには勝てなくなるだろうと思ってます。

    > 棋士がソフト(コンピューター)に負けるのは、暗算の達人でも
    > コンピューターに計算で勝てないみたいなもんで、当たり前な
    > 気がします。

    そうですよね。
    単に来るべき日が来たというだけの話で、棋士も含めて周りが騒ぎ過ぎな気がします。

    > 本当に棋士のためになるのかは疑問です。

    勝負の世界に生きている人達ですから、負けたらマイナスにはなってもプラスイメージにはならないでしょうね。ソフトのプログラマには利点あっても棋士にはなんらうま味の無い戦いだ、というのは電王戦を語る上でよく言われることですし。

    いいね

  3. ピンバック:荒れた電王戦 | 不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

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