不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

棋譜並べは歴史の勉強に似ている…かも?

「棋譜並べ」と「高速棋譜並べ」。似たような勉強法ですが、それぞれ目指しているところは微妙に違うようです。

私なりの解釈ですが、歴史の勉強にたとえてみると分かりやすいのかもしれません。

「高速棋譜並べ」は、いうなれば年号だけを丸暗記してしまう勉強法に似ています。対して「棋譜並べ」は、時代背景や主要人物の関係なども抑えたうえで歴史の流れをきちんと理解していく勉強法です。

当然ながら、本質的な理解が得られるのは後者の勉強法です。本来はここまで理解できて、本当の意味で知識や技術が身に着いたと言えるでしょう。

ただ、年号暗記の勉強法が全く無意味かというとそれも違います。とりあえずテストで点数は取れるようになりますし、大まかながらも歴史の流れの概要は抑えられます。ただ、あまり応用は利かないことが多い。

これを高速棋譜並べにあてはめると、なんとなく対局で勝てるようにはなるし、なんとなくだけど指すべき手が見えるようになる。ただ、本質的な知識は身についてないので、定跡を外れたり並べていない戦型になるともろい、といった感じではないかと。

なので、対局に勝てるようになるというところにフォーカスするなら、年号暗記型の高速棋譜並べでもある程度用を為すのではないかと思います。

もちろん、本質的なところを理解できるようになると、色々な課題に応用が利くようになりますので、究極的にはそこを目指すべきでしょう。ただ、年号暗記先行でも後から本質を学ぶことは可能です。上っ面だけの知識でも、後からきちんと勉強をすることで、それまでバラバラな点だった知識たちが有機的に線で結びついて、理解に一気に深さと広がりが出るのは、将棋に限らず勉強一般でよくあることです。

また、後者のきちんと理解する勉強は、当然ながら時間コストが大きくかかります。そして、ある程度事前に基礎を持っている人の方が、時間をかけただけのリターンを多く得られる傾向があります。基礎が無い人は、まずはそれを身につけるところから入らなければ、その後の知識も頭に入らないからです。極端な喩えをすると、文字が読めなければ本は読めないのと同じで、そういう人はまず文字を覚えるところから入らないといけない。

年号暗記から入る勉強と、きちんと背景や流れから入る勉強法。どちらが最終的に効率的かは微妙なところだと思います。ただ、前者の方がある程度理解できた気になる分、続きやすいのではないかという気はしています。

私にとって高速棋譜並べは、そういう位置づけです。

とは言ったものの、最近は仕事が厳しくなって帰宅が遅く、なかなか高速棋譜並べする時間が取れずにいますが…

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