不惑オヤジ(と娘)の将棋な日々

アラフォー親父と小学生娘の悪戦苦闘の記録

なぜ詰将棋は続かないのか

プロ棋士やアマチュア高段の方々が口をそろえて重要さを説くのが詰将棋ならば、高段を目指そうという初中級者が「わかっちゃいるけど」敬遠しがちなのもまた詰将棋だと思います。

ではなぜ詰将棋は敬遠されるのでしょう。

一言でいうと、やっぱり「つまらないから」なんだと思います。

野球少年なんかでも、ランニングや素振りといった基礎練習が嫌いで、試合ばかりやりたがる子っていますよね。多分、それと一緒なんじゃないかと。

基礎の反復練習はどんな物事であっても大抵は退屈でつまらないものです。加えて、基礎の練習は長くたくさん積み重ねて初めて効果が出てくるもので、たいていは即効性がありません。だから、退屈な練習の先にあるはずの、上達した姿がなかなかイメージしにくい、というのもあるのではないでしょうか。

おまけに詰将棋は、解けると爽快感が得られる一方で、解けないとストレスになる。自分はこんな問題も解けないのか、という無力感もオマケで付いてきます。

この状態で続けるのは、常に自分の未熟さと向き合うことを強要されるということで、それは普通の人には相当しんどいはずです。ましてや、趣味でやっているのなら「なんでこんな思いしてまで…」となるのが自然でしょう。こうなるともう続きませんよね。

私も昔、中高校生くらいの頃はそうでした。

じゃあ今はどうなのかというと…詰将棋を日課として自分に課しているわけですが、実はあまり詰将棋練習に苦痛は感じていなくて、むしろ割と楽しんでいたりします。

それは何故なのかを少し考察してみましょう…などと大仰に前ふりするまでもなく、結局、私は「自分が解けるレベルの問題」に集中しているからなんだと思います。

具体的には、私は5手詰めのみをひたすらにやるという方法を採用しました。5手詰めならば、腰を据えて取り組めば自分の力で比較的無理なく解くことができる。これならば、解ける爽快感が解けないストレスに勝ります。

解ける問題ばかりやって効果はあるのかという疑問が当然次に来ると思うのですが、そこは工夫次第かと思います。

ひととおり解けるようになったら、例えば、今度はより短い時間で解けるように挑戦してみる、とか。

そうして、3手詰めに自信がついたら5手詰め、5手詰めに自信がついたら7手詰め、とひとつずつステップアップしていけば、自然と楽しみながら棋力も上がるのでは、と思うのです。

私自身、5手詰めをひたすらこなし続けて半年、同じ本をひたすら短時間で解く訓練を重ねた結果、初見の5手詰めでも答えが見えるまでの時間は明らかに縮んでいます。5手詰めを解く場合は、2分以内を一つの目安に置いていますが、初見の問題でもだいたい7割くらいはいけるようになりました。

実戦でも、最終盤での詰みを読む際の精度が上がっていることを実感しています。

さらに、気まぐれで7手詰めに手を出してみたら、以前はほとんど解けなかったのに、今は意外なほど解けるようになっていたという実体験もあります。

そんなわけで、自分に解けるレベルの5手詰めに集中するだけでも、実感できるレベルで力はついたようです。

こうなってくると楽しくなるものでして、今や私の生活習慣に詰将棋はほぼ定着しました。朝の通勤時に5手詰めを12問以上、退勤時およびちょっとした空き時間に7手詰めにじっくり取り組む、というのが今のスタイルですね。5手詰め12問はノルマですが、7手詰めはどちらかというと余興感覚です。なので解けなくてもキニシナイ。余興なのでこちらはそのうち9手詰めとかにも挑んでみるのもいいかな、と思ってます。読む力を鍛えることにもなりますしね。

詰将棋がなかなか続かないと言う方は、まずは自分が解ける手数の問題をひたすら繰り返すところから始めるのが、私の実体験からもお勧めです。

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